フラメンコの歴史

ラメンコの生まれについては様々な説があるのですが、
インド北西部に発祥の地を持つ放浪の民、ジプシーが
大きな影響を与えた、ということに着目してみたいと思います。

ジプシーはスペイン語で『ヒターノ』と言います。
職業は多種多様で、馬の売買人、鍛冶屋、占い師、細工物工、泥棒や山賊などなど(^^;)
農耕の手段を持たないため、歌や踊り、バイオリンなどの演奏も
彼らにとって大切な生活手段でもありました。

そんな彼らは紀元前1400年頃、
ティムールの騎馬民族に迫害されてインドから追い出され(o;TωT)o
15世紀にスペインの南部、アンダルシアに住み始めました。

前号でも紹介したとおり、当時のアンダルシアは
イスラムやユダヤ、カトリックなど、
さまざまな文化が融合した地域でもありました。

そこへジプシーがやってきて、お互いに影響し合い
フラメンコが生まれるきっかけになっていったのです。


んなこんなでアンダルシアに移住してきたジプシーたちですが
16世紀になりカスティーリャ王朝(当時のスペイン)は
キリスト教徒の勢力が支配していました。
その種族と宗教の純潔を保つ目的で、
少数民族を国内から追い出す運動を始めたのです。

これがめちゃめちゃ厳しい!

キリスト教への改宗を拒んだ者には国外追放( ̄ω ̄;)!!
放浪をやめて定住をしなければ死刑(´ヘ`;)

などなど、それは厳しいものでした。

長年放浪の旅を続けてきた民族ですから、
「そんな急に定住しろなんて言われても・・・(o;TωT)o」
そういうわけでジプシーたちは人の住まないような
山岳地でいくつも群れをつくり、暮らしていくことになったのです。

そこへ同じく迫害され追い出されたイスラム教徒や、ユダヤ人、
またキリスト教徒の難民や反逆者たちもやってきて共同生活するようになりました。

それらの宗教音楽や民俗音楽が混ざり合って出来たものが、
フラメンコのルーツになったのではないかと言われています。

確かにフラメンコにはさまざまな要素が混ざっている珍しい音楽です。
西洋の要素もあるし、東洋の要素もあるし・・・。


ともとジプシーの言語はサンスクリット語(梵語)に起源を持っており、
フラメンコの歌やギターのメロディに出てくる音階は
インド音楽に非常に似通っているのです。

そのあたりが私達に東洋的な部分を感じさせるのかもしれませんね。

ちなみに【flamenco】(フラメンコ)
という名前の由来はどこから来たかというと、

【逃亡の農民】を意味するアラビア語の【felag+mengu】(フェラーメング)

が誤って発音されたものだと言われています。

この言葉がスペイン語と一緒に使用されるようになって

【フェラーメング】から【フラメンコ】

に変わったのではないかとも言われています。

いずれにせよ、迫害の目にあいながら
山岳地での生活を余儀なくされたジプシーたちは
その嘆きや叫び、苦しみ、孤独をカンテ(歌)で表現するようになりました。

こうして、フラメンコの元となる、
「カンテ・フラメンコ(cante flamenco)」が誕生したのです!(> <。)